甥っ子の残酷な一言で育毛挑戦を決意

26歳 男性 会社員の場合

薄毛

私には年齢が離れた兄がいるので、私が高校生の時には甥っ子が誕生して、張れて叔父さんとなりました。

兄弟が多い家族なら当たり前の事なので理解出来ると思います。

それは嬉しい事なのですが、その子が大きくなると残酷な現実が私に降りかかったのです。

というのも、その年の離れた兄はスタイルも良くて所謂イケメンタイプです。

一方の私は太り気味の脂性、そして何よりも若いのに薄毛気味でした。

しかし、友人や家族など誰からも忠告というか揶揄われた事も無かったので、思い過ごしだと感じていたほどでした。

しかし、甥っ子が成長して小学生になる頃には、多くの事を学び常識的な事など、大人が驚く事も話したりします。

それが甥っ子からの、「パパよりオジサンの方が髪が無いね」の一言でした。正確には、このような言い回しだったと記憶しています。

その時には、焦りと恥ずかしさで適当に誤魔化しましたが、相当にパニックになっていたのは事実です。

冷静なフリをしていましたが、その日の夜はいつも以上に洗面台で、自分の頭髪を何度も確認したのを覚えています。

決して甥っ子を恨んでいる訳ではありません。逆に感謝しているほどです。

多分、腫物に触るように皆が気を使っていてくれたのでしょう。

その優しさを知って、これまた感謝と申し訳ない気持ちになったほどです。

多少は落ち込みましたが、事実を冷静に捉えてそれをどうするべきなのか、自分で気が付きました。

当時はまだ20代半ばだったので、老け込み諦めには早すぎますよね。

そこで今でも当時の自分を褒めたいのですが、とにかく必死に努力しようとダイエットと育毛の両方にチャレンジする事となりました。

根が単純なのか、一度決めたら意外に吹っ切れて頑張れるものです。痩せて脂性も改善されたら、毛も増えて一石二鳥なのでは、と簡単に考えたのです。

結果的には育毛の面では半分失敗の半分成功といった感じです。

当時の毛髪状況を現在も維持しているので年齢相応といった感じでしょう。

スタイルは見事に肥満から脱出して、今では誰もが羨む細マッチョと言える体形を手に入れました。

人生とは皮肉というか面白いもので、当時は羨ましかった兄の方が今では仕事のストレスなのか薄毛となり立場は逆転しました。

もちろん、兄の方が年齢が10歳ほど上なので当たり前と言えば、それまでですが。

甥っ子の一言で育毛にチャレンジしたお陰で、現在の私は何とかまあまあの外見や頭髪を維持しています。

あの時に、甥っ子に言われていなければ、そして私自身が発破をかけてやる気を出さなければ、今はないですね。

育毛とは気がついた時からいつでも始められるので、根気を出して頑張りましょう。

24歳 男性 会社員の場合

薄毛になり始めたのは大学生になった頃でした。

前髪の生え際が驚くべき勢いで後退していくのを、呆然と見守るしかない…そのような状態でした。

大学生と言えば、彼女を作りたい、モテたいと言う気持ちだけで生きているような存在です。

自分が薄毛であるということを認めるのは、まだまだ精神的に無理で、必死に薄毛に抵抗していました。

特に工夫をしたのが、「前髪の利用法」です。

前髪を長く伸ばし、ブラシとジェル、そしてハードスプレーを使い自分なりに「疑似前髪」のようなものを作っていきます。

だんだん疑似前髪の作り方も上手になり、生え際の後退が進んでも、何とか自然に見えるように、薄毛だと気づかれないようにできていたと思います。

しかしこの疑似前髪は、風に吹かれるのに弱いという弱点があります。

真正面、やや下方からの強風に対して無防備だと気が付いたため、風が強い時は、やや首を下に傾けて、生え際の下から風が来ないように気を付けました。

外出中は友達と話をしていても、常に意識の半分は「風向き」そして「首の角度」に向いています。

風邪が強い日は、風向きによって顔の角度が変わり、目線は上目づかいになってしまいます。

結果的に不自然な表情になりますし、話も半分以上聞いていませんので、返答も変な感じになりました。

そしていつしか「あいつの表情はキモイ」「話が通じないやつ」という評判が立ちました。

周囲から孤立をしている自分に気付いた時に、「このままじゃだめになる」とそこから育毛を決意しました。

そこから育毛剤を始め毎日頭皮マッサージを行うようにしました。

2ヶ月くらいで抜け毛が減り始め、半年位経つと徐々に髪にハリやコシが出てきました。

格段に髪が増えたというわけではないですが、そこからは薄毛が進むこともなく今に至ります。


育毛 サプリはこちら


甥っ子の残酷な一言で育毛挑戦を決意!まだ老け込み諦めには早すぎます